現在の医療産業を勉強しようと思い手にとった本。
様々なキーワードを広く学ぶことができ、その分野のトップで働いている人の講座が読むことができる。現在の医療業界が抱えている問題を広く知るには非常に良い本。
以下は各講座毎の個人的メモ
第1講座 未来の医学のヒントは「臨床」にある。
日本での、臨床研究がいかに不足しているかが分かる。「Nature」などの基礎研究での雑誌には、日本は3.3%と世界4位なのに対し、臨床医学で質の高い雑誌には、0.6%と低い。基礎研究は、まだ頑張れているのも意外な話だが。また、これには日本の大学病院が不健全な経営体質の強化を行ったため、重要な臨床研究に予算が割かれなかったと述べられている。アメリカでのベッド数あたりの職員の数が日本より多いのも意外だ。日本には医療の人材に余裕がない。
「ドラッグ・ラグ」(医薬品が世界ではじめて上市された時点と、それぞれの国で上市された時点の差)はやはり、日本は米国や英国と比べると2.5年多い。この原因に、(独)
医薬品医療機器総合機構の審査遅滞が指摘されるが、それだけでなく、治験前の開発・設計が企業側で非常に遅れていることもあると、述べられている。今後審査体制は増員するようだ。また、制度の変更や、財政的問題もある。今後は、薬事法や治験に詳しい専門家をどんどん病院におく必要がある。ここでも、制度の話もあるが、人材の問題が大きなポイントになっている。
また、臨床研究の負担が少なく、データの信頼性をあげる仕組みが必要。IT化やクラウドがキーワードとなる。また、今後臨床のレベルをあげ、世界に通じる産業に育てていくためには、国民も含めた大きな覚悟が必要。人材レベルを量的にも質的にもあげ、臨床の機会を増やし、ドラッグ・ラグの短縮を行い、世界規模の産業に育てる意気込みが大事。
第2講座 進化するグローバル R&D戦略と日本の役割
この講座では、武田薬品と第一三共の役員が講演を行っている。
上市一品目あたりでの、平均研究開発費の推計が著しく近年高くなっている(2006年で1246億円)ことと、開発期間も上がっていることを述べている。また、そのため生産効率は低下し、承認された新薬数が低下し、ピークを下回っていることを述べている。どういった技術が将来的に熟すかというのが分かりづらくなっているということだ。
武田薬品で面白いと思ったアプローチのひとつに、マルチINDエンジンモデルがある。一社ですべてのイノベーションを賄うことは難しく、多くの企業が各々のイノベーションを持ち寄ることで新薬が生まれるという、「Lesson from 60 years of pharmaceutical innovation」の分析から由来している考え方である。各地の研究の中心地に研究所を設立し、研究者がハブとなってネットワークを組み、R&Dをグローバル化し、臨床なども含め得意な地域で研究やINDを行っていくという考え方で、長期視点のある日本的な強い経営と、各国の得意とする分野をあわせて研究していこうとする方法。これが、成功すれば、武田はおもしろい会社になるのではないかと思う。もちろん、多くの会社のようにそれを管理するのは非常に難しいと思うが。
こういった試みは、第一三共にもみられる。製薬は他の産業よりもいち早く、グローバルなイノベーション競争の舞台に立ったというのは、よく理解できる。第一三共では、その中でもハイブリットビジネスモデルを提唱し、ジェネリック医薬品など、今までの産業構造を厳しくしていく制度を逆手に利用し、新興国などに従来の製薬を販売し多様化するニーズを満足させると同時に、世界的にもイノベーションのある新薬を開発していくという、ふたつの軸から成る経営方針を掲げている。ブロックバスターモデルというのが、今までの製薬の業界の高い収益を支えていたのは勉強になった。
また、製薬会社の規模は昔ほど追い求められていない。イノベーションの創薬を行うのは、規模の問題では必ずしもない。しかし、今後の研究費が膨れ上がる一方なら、ある程度の規模は必ず必要となるのではないか。そして、今後の研究費の削減には、バイオマーカーの技術に期待を寄せている。また、企業形態も統合型の企業から、分散型のネットワーク企業へと以降していくだろうと述べています。パソコンの業界事例を思い出させます。
第3講座 オープンイノベーションが動かす世界の医薬品産業
要約が本書にあるので、割愛。今後、オープンイノベーションや、産学連携などとどう向き合うべきかについて書かれている。産学連携のより密な連携は、どの業界でも言われていることであるが、リスク分散の観点から製薬の場合は非常に重要となると言われている。
第4講座 医薬品産業を一変させるジェネリック医薬品
英国、米国、ドイツなどがジェネリック医薬品で60%の浸透率をもつなか、日本は二番目に大きい医薬品市場の中、14%とかなり低い浸透率。また、日本のジェネリック医薬品メーカーも世界の中では、下位に位置する。その中で、ジェネリック医薬品のメーカーが、競争に打ち勝っていくためには、コストの改革と、付加価値による差別化が重要だと述べる。
また、テバの社長は、高い品質をいかに低価格でコスト競争力をもって提供できるかが重要と述べている。これは、スケールメリットが大きいという。このテバという会社おもしろい。買収の成功率100%を自負し、企業買収で大きくなり、しかも確実に協力者を増やしている印象だ。世界の主要市場でジェネリックで大きな成果を出している。しかし、日本のような新興国でありながら、ジェネリック医薬品が低シェアである、低ジェネリック医薬品業界を胎児的ジェネリック市場と呼ばれる市場もある。このような市場は大きな潜在的価値をもっているが、認可の問題で、テバはスケールメリットが活かせないという。日本と米国の認可が別々なのは個人的には致し方ないと思ってしまうが。。。しかし、このような市場の特殊性は各国様々にあるという。このような、問題をどう対応するかでも、各社のメーカーの考え方は異なる。また、バイオシミラー「バイオ後続品」が、薬剤費削減として期待されていることを知った。これだけ、医療の場では、医療費の削減が大きなキーワードとして、低価格でのコスト競争力が重要な部分であることが分かった。
確かに、ジェネリックがコスト競争力の問題が多く出されるので、劣悪という印象が持たされるのもわかるが、そこは生産においてイノベーションを起こす企業が強いということである。品質に関しては、しっかりと審査する必要があるのは言うまでもないが、後発だからこその品質の安定性もあると主張する。ただ、新薬メーカーの防護策が、誰のための医療なのかと思ってしまう。
今後の日本のジェネリックの浸透を行うには、日本の環境の特異性を理解し、薬剤師や医師にジェネリックへのインセンティブを与えると同時に、それらのサポート体制や情報公開などの仕組みをしっかりと構築していくことが重要であるようだ。
第5講座 日本発の医療技術イノベーション
まず、日本の医療機器・医薬品などの産業分野では輸入が輸出を大幅に上回っており、1,200%近い輸入超過になっている。東大は日本の産業を活発にするために、「ナノバイオ・インテグレーション拠点」を創設。研究を現場に活かすことを目標に富士フイルム、ニコン、日立製作所などと一緒に研究を行っている。そのなかでも、いつでも、どこでも、誰にでも、経済合理性を無視せずに、現場に届けようよしている。やはり、昨今は経済合理性を無視することは、医療にはできない。また、どこでも誰にでも、その研究結果を活かせるという目標設定は素晴らしいと思う。
潜在的市場の大きい医療産業としてバイオチップ(数千億円規模)や、ドラッグデリバリーシステム(DDS)(10年後に5兆円)、治療と診断を一体化した医療機器(一兆円)などを挙げており、患者への治療だけでなく、産業としての活性化も目指している。また、大学としての人材育成も目指している。
この章では、富士フイルムとテルモの幹部による講座がある。富士フイルムは、このまま目標通りライフサイエンスやメディカルの分野で成長を遂げることができれば、非常に医療分野で存在感の大きな会社になっていくと考えられる。個人的には、フイルムが衰退していく中で、これほど生まれ変われたというのは、正直すごいと思いました。
個人的には、売上は長らく医療をやってきた割に少ないながらも、テルモの講座について色々と感心させられた。まず、医療機器の発展が今後、医療経済性を改善することを述べた後、日本と他国の医療機器開発における現状の違いについて述べています。特に米国では、バイオメディカルエンジニアリングを習う場所がしっかりと存在することと、この医療の分野でもベンチャーなどの存在が大きいようです。特に、優秀な臨床医(Gruentzig, Fogarty, Yockなどが紹介)が、自分のアイデアを元に、人を集めベンチャーを作り、大企業に買収されていくということが大きな成果を生んでいる様子。また、テルモに目を向ければ、製品への着眼点がユニークな所や、自らトレーニング施設と呼ばれる、実験室や手術室を持っており、個人的には感心しました。
第6講座 先端ニーズが切り開く高度診断・支援ツール
個人的キーワード
オーダーメイド医療
パーソナライズドメディスン
生体検査について。臨床検査には二種類ある。検体検査と生体検査で、前者は試薬が付加価値を提供し、後者はCTやMRIなどの、機器が付加価値を提供する。これらの検査分野は、診療報酬体系により、当該産業団体は、大きな影響を受ける。そのため、医療費全体が伸びない今、業界全体としても、大きく成長していない。
GEのメディカルについて。インビトロ(人為的にコントロールされた試験管などの環境)からインビボ(体内)へと、診断の世界を変えていく。(X線→CT→PET)そのため、DNAを新バイオ医薬、診断機器へと結びつけることが重要。研究拠点も世界中にある。社会に対する目標設定が数字で、しっかり語られている印象があるので、これだけの多くの人を巻き込みながら成長していけるのだろう。特に、画像診断機器の充実や、病院内のITを地域にも広げようとするヘルスケアITの目標が今後気になるところ。(GEは、解決すべき世界の問題として、医療と環境の2つをあげている。)
第7講座 医療の物流・情報流に挑む異業種の新戦略
マイクロソフトの医療のIT化やクラウド化などの試みについて説明されている。過去、デジタル化していく世界で、アプリケーションやソフトで、邁進したマイクロソフトが新たな時代に、デジタル化の遅れた印象のある医療業界で、AmalgaやHealth Vaultなどのサービスを行っている。ただ、やはりここでもマイクロソフトはソフトウェアベースの古い戦法をとっているのではないかと気がしてなりません。今後医療業界では、世の中で起こったデジタル化の流れを再び再現しようとしているのかもしれません。つまりは、より社会的インフラが整った頃には、医療情報もよりクラウド化し、更にその先の医療のIT化が待っているかもしれません。
第8講座 高密度化する「医療専門職」の役割
平成8年と今(平成22年?)を比べると、救急の搬送出場件数は38%の増加の中、救急隊員数は8%の微増となっている。この増加の原因は、高齢者の増加だと考えられている。また、二次救急医療機関(入院治療を必要とする重症患者に対応する機関)が10年間で4000から3000に減少し、通報を受けてから病院に受け入れていただくまでも、8.3分の遅延となって、35分となっている。救急搬送に関して、ルール作りを行うとしているが、素人目では、こここそIT化してしまえば良いのにと思ってしまう。
看護職に関して。医師不足以上に深刻とされている、看護師不足。新卒就業者が必要数に足りないばかりか、中途退職も多い世界なので、免許はあるけど、働いていないという人が多い。こういった潜在看護職は55~65万人いると推定されている。再就職も、日進月歩の医療の世界では、そう単純ではないようです。そのため、現場の看護職の働きやすさの環境の充実が求められています。
また、看護は最近になり、専門学校から大学化へという流れが多くありました。これは、学生の大学・短大志向を指しているとされています。また、大学化して、教育のレベルを上げることは、現場の病院に入って中途退職者を減らすことになるとも考えているようです。
個人的には、本書でも指摘しているように、看護職の働く環境が向上されない限り、この今の中途退職の多さはなくらなないと思います。多くが女性で構成される職場で、半分以上が子育てをしながらの勤務になっています。そして、交代勤務や時間外での患者の病気に対する知識を得る時間の必要性などを考えると、仕事を続けるには、肉体的にも精神的にもタフさが必要ですし、家族の理解も普通以上に必要となるでしょう。
特に、以下の記述は驚いたので、掲載しておきます。これは、男性が行うような工場勤務より時間的にはきついものだと思います。"夜勤が月9回以上の看護職が50.7%、10回以上の看護職が26.2%、変則を含む3交代の平均夜勤回数は8.5回でした。超過勤務の実態に至っては、全国の病院勤務の看護職の約2万人が過労死危険レベルにありました(通常、過労死の認定は月80時間程度で、看護の場合は50~60時間以上とされています)。3交代で働く看護職に、さらに超過勤務をさせる国は先進国では他にないでしょう。看護職は24時間勤務の職種にも関わらず、さらに超過勤務があり、過労死の認定に当たる人が2万人もいるのです。・・・100床あたりの看護師の数が米国300人強、カナダ250人、イタリア180人、日本66.8人。"という現状を知っていたら、多くの人は辞めたがるでしょう。また、これは看護職だけの問題でなく、患者側にも大きなリスクとなります。看護師の数が減るほど、患者の死亡率は上がるとされているからです。
管理栄養士について。現在の医療費は34兆円。2025年には、45兆円になるという試算もある。これは、国力の低下を招く。これに対して医療費削減の目的とし、一次予防を提案している。平均寿命が高い日本はQOLが高いということはなく、むしろ間違いと述べている。寝たきりや欝病患者の多い日本では、むしろQOLは低い。これらは、習慣的な一次予防から改善できるとのこと。QOLが高い高齢者が増えれば、高齢者医療費は増えない。
薬局薬剤師について。本書で指摘しているように、薬剤師が処方箋しか見れないのは、おかしい事だと思われる。よく、薬剤師に"今日は〇〇の病気ですか?"と聞かれるが、あれは薬剤師が病名も知らない相手に、言われた通りに薬を配布しろという今の仕組みからきている。患者さんの情報にアクセスして、長期戦となる生活習慣病などに対応していくには、こういったチーム医療がより円滑に行える仕組みづくりが重要となっていくのではないだろうか?医療には、こういう早く変えれば良いのにと思われる部分が多々あるのだが、それは何故進まないのだろうか?
最後の永井良三氏の講座は非常に興味深い。日本がベット数あたりの患者が多いのは、ベット数が多いから。他国では、ベット数を少なくする変わりに、それを包括する社会システムが存在する。また、医師不足と言われていても、医師は他国より人口比でみると多い。しかし、手術件数になると、それが逆転する。実は、医師が手術を行う期間は限られ、ピラミッド型の組織が人材の有効活用を阻害していると言います。また、救急や看護師などに対して、ただ数を増やすだけでも、問題は解決しないとのべています。社会のシステムとして、これらの問題をどう解決するのかが重要であると。
具体的な例としてコロンビア大学と東大の大学病院を比較しています。同規模の病院であるにも関わらず、手術症例数は、コロンビア大学が1500で、東大が350です。この原因は、医師補助士がコロンビア大学には30人いるからだと言います。このように、ただ増やすのではなく、役割をうまく分けてシステムをよくすることが重要だと述べています。
いかに患者を増やさないために予防を行っていくか、それも地域レベルで。また、ただ量を増やすだけでなく、専門的に役割分担を行い、社会システムを構築していくかを議論していく必要があるようだ。
第9講座 医療・社会システムへの決断
冨山和彦氏の今の社会システムの講座も、非常に面白く、医療というより、何故国力が衰えているか、今後どうしていくべきかを論じています。リーマンショック以降、世界がState-Capitalismに軸足を変えていると述べている。一方、日本はSocialism-Stateとなっているとのこと。これは、既得権益を支持し、イノベーションの逆の道をいくとの主張。
米国では、現在ホワイトハウスが強いリーダーシップの元、研究開発だけでなく、公共政策を、きちんと政策ベースで考えている。
都市部のが高齢者の増加が著しいとのこと。今後、ますます都市部は住みづらくなるようだ。
この講座のパネルディスカッションも興味深い。研究が企業から大学へ以降したのは、米国の場合は強すぎる市場のプレッシャーが大きかったと述べている。また海外の大学の多くはキャピタリストがつくってきたため、日本も同じような形で企業から大学へと以降することが困難であった。なので、日本独自の解を今後は求めていく必要があると。また、すりあわせの技術が得意な日本の会社が海外に広く展開し、海外に雇用を多くつくるのではなく、そのすりあわせの技術を海外の会社が日本にお金を落としてくれるような、仕組みづくりが重要であるとも述べています。
本書の最後の"リアリストであれ"というのは、非常に良いメッセージだと思いました。フランスのミッテラン大統領を例にあげ、資産家から貧困層への再分配重視の政策ばかりを考えていましたが、現実を直視し、結果として成長を阻害し、再分配するものもなくなるとし、経済を立て直した経緯を紹介しています。
また、冨山和彦氏の"暴力的に年寄りを殺していく"というのも、時代の変わり目の今、若者は考える必要があるのかもしれません。個人的には、何が既得権益ばかりを保護し、何が結果的に成長を阻害しているか、真摯な目で見ていく必要があると思います。また、自分が本当に良いと思うことを行うことができず、それが阻害する環境ばかりが存在するなら、それは周りに対して冨山氏の表現を借りれば戦っていくしかないのかもしれません。