2010年12月29日水曜日

Cloud RoboticsとGoogle Car

今年最も個人的にホットなニュースといえば、Google Carの表舞台への登場である。
勘違いしないで欲しくないのは、ストリートビューに使われている車ではない。(関係なくはないが。)
Googleが自律移動の車を開発したというニュースである。



詳しくは、影木准子氏の記事を参照して頂くのがよい。
米グーグルが自律ロボット車を開発した理由(ウォール・ストリート・ジャーナル)
Autonomous Car Masterminds Converge at Google(Getrobo Blog)

記事にも出てくる、セバスチャンスランは、ロボットの研究者として現在第一人者であり、確率ロボティクスの著者、Grand ChallengeでのStanfordの優勝チームのプロジェクトのトップとして有名である。Stanfordでサバティカルでgoogleにいるらしいという噂は耳にしていたが、本格的にそこで自律移動車を開発しているとは考えていなかった。





以前に、このブログでも触れたが、Grand ChallengeはCMUとStanfordの戦略の違いが、ドラマチックな結果をもたらし、研究者でなくても興奮する内容であることは間違いない。
研究者からみれば、より複雑な環境であれば、CMUが勝っていただろうと考えるし、CMUの研究者達もそう答えるだろう。



特に印象的なのが、本番前の両者のチームの行動の違いだ。CMUは、事前に配布されるウェイポイントのデータから、速度やロボットに適した経路を人海戦術で、事前に与えるのに対し、Stanfordは、その状況を走りながら搭載したセンサの情報から速度を決めるので、人海戦術を必要としなかった。実際どの程度の事前情報の与え方に、違いがあったかは分からないが、終始少人数でスマートに研究開発を行ってきたStanfordは、このGrand Challengeの勝者となった。

少し話がそれたが、ロボットはその場で得られる情報と、事前に与えられる情報から最適な行動を選択を行う。しかし、一般的にはロボットはどの程度事前に色々な場所の情報を得ることができるのだろうか?乱暴かもしれないが、そのひとつの答えが、Cloud Roboticsなのかもしれない。クラウドに保持し得られる情報は人間だけでなく、ロボットや車も利用すれば良いのである。そして、クラウド化といったらGoogleである。多くの情報を処理することは、Googleの得意技であり、得られる情報を処理し、その環境に適応して行動するのがロボットのひとつの形である。

ロボットにとって必要な情報は目的によっても様々な議論があろうが、ストリートビューの車にレーザーも搭載して走らせている、Googleはこの分野では、圧倒的に有利な立場にあるだろう。実際に、上記の記事中にも、”いずれの経路も、まずは人間が先に車を運転しながら車線表示や信号機の場所、道路状況といった膨大な情報を取得する。それを持ち帰ってグーグルのデータ・センターで処理し、この中から必要な情報だけを抽出してロボット車のコンピューターに載せ、自律で走らせるという仕組みだ。とある。Googleのお家芸がまさに、自動車の自律移動に生きているのである。

長年、自動車は日本の主要産業であったが、次の大きなイノベーションはGoogleから現れるかもしれない。もちろん、日本車メーカーもこの機会を見逃してはいない。セバスチャンのいるStanfordでは、自律自動車の研究が日本自動車メーカーを含む多くの会社から出資され、研究が行われている。もちろん、海外メーカーも参入している。最近では、アウディが山岳コースを自律移動したニュースが有名である。また、趣旨が異なるかもしれないが、"Car as a wireless device"と述べた、フォードも印象的である。どちらかというと日本は遅れている印象だ。それは、ただ単にオープンにしていないだけなのか。トヨタの裾野にある東富士研究所では、Google Carの頭上にも搭載されているvelodyneのlidarが装備された自動車が実験を行っているという噂も耳にする。このへんの議論については、小川浩氏の記事が参考になる。

はてさて、ここまでくるとビジネスモデルはどのようにするのだろうか、というのが疑問である。自律移動車は、アメリカらしく、軍事研究から始まり、民生化しようとしている技術のひとつである。インターネットがそうであったように、需要をさがすのではなく、新たな需要を人々に提供する、そんな想像もつかない世界が待っているかもしれない。もちろん、そういう意味で、Googleとセバスチャンスランには今後も目が離せない。

2010年12月7日火曜日

技術が残酷な世界を変えるか




残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 橘玲

橘玲氏は,不道徳教育読んで以来手に取る。考え方は嫌いではないし,少し影響を受けている自分がいる。文章と考え方から,勝手にもっと若い人を想像していたが,1959年生まれという事実がまず,個人的にはかなり衝撃的だった。(失礼)

もし,自己啓発本好きな人間がいたら,この本を紹介するのがいいだろう。端的に結論を,誤解を恐れずに書いてしまえば,好きなことを伸ばして,そこからお金や幸せを得るようにベクトルを向け,最終的にはビジネスモデルを構築できるようになる人生を進めている本だ。

”好きなことを仕事に”みたいなことは,よく言われることだ。
あの,スティーブ・ジョブズだって,スタンフォードで行われた有名演説で,"I loved what I did. You've got to find what you love."と述べている。


ただし,この本が少し変わっているのは,努力で自分を変えようとすることが,遺伝的に正しくないという観点から説明を始めることだろう。また,その流れで,子供が成長するのに親の愛情は必要ないと述べるのも,実に小気味良い。自分は,そう簡単に変えることはできないという結論は,非常に納得がいく。では,他人を変えるのはどうか?人の心に影響を残す方法や,人類の進化で染み付いた無意識を逆手に利用することはできるが,それは多くの場合,不幸な社会を招く。

そして,貨幣の誕生が人類史からみて浅いことからも,僕達は金銭だけで,すべての幸せを得られないという当たり前の事実を知っている。また,自分が幸せだと思える環境は,自分の能力や性格に大きく依存することも。幸いなことに,僕が生まれた現代は,過去の時代よりも,好きなことから,より幸せを得やすい環境が,市場と技術のお陰で得ることができる。たしかに,好きから始まった世界は,多くの人間を統率しようとした時代の世界よりも,多くのものを生み出したのかもしれない。

まず,僕はこの時代に感謝し,自分も同じように "I loved what I did." といえるかを考えてみようと思う。

ただ,個人的には,大企業=伽藍と決めつけ,ネガティブ評価をもらわないようにする消極的な集団と決めるのは,悲しいかなと思ってしまう。