2017年5月18日木曜日

医療業界に破壊的イノベーションを 「医療イノベーションの本質」



 はじめに

自分は、エンジニアとして、医療業界に関連した仕事をしています。

しかし、医療業界は、非常に複雑な業界であるため、なかなか全体像を把握しにくく、俯瞰的に業界の問題や今後の方向性を考えるのが難しいと感じていました。

その中で、イノベーションのジレンマで有名なクリステンセンが、医療業界での破壊的イノベーションについて記した本書に出会ったため、読んでみました。

本書は、医療業界のコストを劇的に下げ、より品質の高いサービスを提供するには、どうすれば良いか?という問いに答える作品になっています。

医療業界にも破壊的イノベーションが必要

医療業界のコストを劇的に下げ、より品質の高いサービスを提供するにはどうすれば良いか?

その実現には、他の業界と同様に破壊的イノベーションが医療の世界でも必要だとクリステンセンは主張します。
それは、他の業界を見てきても明らかなように、コストを下げ品質も向上させることが可能なのは破壊的イノベーションだけだからです。(一つの例外もなく!)

一方で、医療業界には、国などが定める償還制度や規制があり、更には古くからの組織制度が残っている部分があります。

古くからの組織制度やビジネスモデルは、破壊的イノベーションを実施することを困難とさせています。

同様に古くなった償還制度の一部は、破壊的イノベーションを阻害する要因にもなります。

それは、様々な技術革新が業界を大きく変えるチャンスを逃すことにつながっています。

破壊的イノベーションを促すために必要な総合病院の変化とは

本書での大きな一つの主張は、複数のビジネスモデルを抱えてしまっている総合病院をそれぞれのビジネスモデルへ解体することです。

病院は下記の3つのビジネスモデルを実施してしまっている。と、クリステンセンは主張します。
・ソリューションシップ型
・価値付加プロセス型事業
・ネットワーク促進型事業

それぞれのビジネスモデルは以下のような特徴をもっています。

・ソリューションシップ型
問題を診断し、解決策を提示する。出来高払いで支払いを受ける
精密医療ではなく直感的医療に頼るような疾病、治療を扱う

・価値付加プロセス型

確定診断のついた問題を比較的標準化された手順で治療する
アウトカムに基づく支払いを受ける

・ネットワーク促進型

専門家や患者が情報交換し、助け合う
調整役は通常会費による支払いを受ける
慢性的な疾病が扱いやすい

適したビジネスモデルをもった組織に解体することで、非常に高額で不明瞭となってしまった、莫大な間接費の削減を狙います。

現状では、それぞれのビジネスモデルは異なった利益創出の方法を抱えているにも関わらず、組織が一つのため、組織体制やビジネスモデルを最適化することを拒み、問題を解決することができず、かなり歪んだ形で間接費を加えた価格設定になってしまっています。

解体することにより、コストだけでなく患者の用務に応じた合理的な統合を果たすことも可能となり、質も高まると主張します。

更に、病院が解体されると同時に、第2の波が来ると主張します。
それは、いわゆるテレメディシン(テレメディスン)です。

今の医療は解決策のある高コストな病院へ、患者を来院させるのが一般的ですが、音楽が自宅でダウンロードできるようになったように、解決策をより身近な場所へ移行し、医療費の発生場所を変える流れが来るだろうと主張します。

簡易的な自己診断は、すでにウェアラブル端末なども含めて実現されてきていますが、そういった流れがより一層強まる方向に進むということでしょう。
(もちろん電子カルテや通信技術などのインフラが整ったことも重要な要素です。)

イノベーションを阻害する償還制度

償還制度もイノベーションの阻害要因となります。

本書では、慢性腎不全を例にあげています。

動静脈シャントと透析センターが作られ、急性疾患から慢性疾患へと多くの腎不全は移行していきました。

しかし、近年では在宅透析が、透析センターと同様のインパクトと一層のコスト削減効果があるにも関わらず、その普及を遠ざけている現状があるようです。

その理由は透析センターなどを前提に作られた償還制度にある と筆者は主張します。


医薬品業界の未来


破壊的イノベーションを促す重要な要素の一つに牽引技術があります。

医療業界の牽引技術を持つのは、医薬品メーカーや、医療機器メーカーが主となるでしょう。

製薬業界では以下のような変化が発生すると考えられます。

①分散化、精密化された将来の医療では、ブロックバスター薬は滅多にみられなくなるだろう

②自己診断が医療の出発点となり、患者に直接医薬品を売り込む手法が広がりを見せるだろう

③診断薬が採算性の良いものとなり、償還制度も見直される可能性があるだろう

④現在巨大な製薬メーカーは、誤ったアウトソーシングを実施し、他の業界でも起こったように、将来の利益創出として重要な分野を自ら切り離すだろう

その重要な分野とは、臨床試験の管理と精密な診断薬の開発である

何故なら将来の牽引技術は、精密な診断と効果の期待できる治療を結びつける行為が利益の中心となると考えられるからだ


⑤ジェネリック薬品がメーカーが特許医薬品の開発を実施し、上位市場へ参入するだろう 

注目すべきは、精密な診断が一層可能になるにあたって、治療薬の選択肢が分散化されると同時に、効果が期待される治療と診断内容を結びつける行為が利益の中心となることです。

それにより、現在巨大製薬メーカーが現在のビジネスモデルの最適化からアウトソーシングしようとしている臨床試験の管理と精密な診断薬の開発が、今後のイノベーションの中心となると予言している点でしょう。

また、精密な診断は、医学の専門性自体が誤って定義されていたことを認識させるという主張も注目する点ではないでしょうか?

医療機器業界の未来

続いて医療機器業界の破壊的イノベーションです。

まず、診断機器は集約されていたものから、再び分散化すると考えられます。
それは、通信事業が電報局から家庭電話、携帯電話に変わったのと同様です。

例えば、血液検査や検体の分析作業は広範囲に近年集約化されましたが、小形な分析装置により一部は再び顕微鏡の時代のように医者の元に分散化されていくと考えられます。
また、それが個人の手元に移行すれば、テレメディシンをより助長することにも繋がります。

また、画像診断などは、より低コストの場所で、より高度な治療を行う事を可能とし、低コストの医療提供者が高コストの同業者を破壊する助けとなる。と主張します。
つまり、プロの専門性をコモディティ化することを医療機器メーカーは助長し、それは従来の病院組織の解体を助長することにも繋がります。

もちろん、医療機器は診断だけでなく、治療方法を根底から変えていくことも可能です。
これはすでに始まっている血管内治療がいい例だと本書では述べています。

そして何より、医療機器業界は、直感的医療 経験的医療 精密医療という流れに沿って疾患を推し進める組織となることができます。
これは医療がアートの分野からサイエンスになることを助長し、コストを大きく下げる要因につながるでしょう。


クリステンセン曰く医療の牽引的技術は診断能力です。

医療だけでなくどの業界にも、問題を精密に定義することは、解決策を開発する前提となるからです。

医療機器メーカーや製薬メーカーは、診断能力という索引技術を有する組織であり、その影響は、様々な分野にわたることを本書を通じて改めて実感しました。

最後に

本書はこれ以外にも、医療教育や、償還制度など多岐に渡るイノベーションの可能性について述べています。

米国に限定したような部分や、守備範囲の広さから理解に苦しむ部分もありますが、多くの医療業界に関連する人が読んで、ヒントを得ることができる一冊だと思います。