2011年5月20日金曜日

放射線と健康 舘野 之男





個人的事情もあって、放射線の本を一般書だけで、10冊弱消費した(正直一般書ばかり読み過ぎた。)。個人的には、放射線医学を専攻するこの著書が一番役にたっただけでなく、現在の低量の放射線に対する議論や、安全基準に関して比較的中立に書かれているので、最も人に薦められます。しかし、個人的によく理解できたのは、いくつかの主張の異なる本を読んで知識を得ていたからかもしれません。そして、中立的なのもあって、情報量が多いので、人によっては少し理解が難しいかもしれません。また、内部被曝に関する議論があるとよりよい本だと思います。

これより先は、僕のメモです。

電離放射線は種類だけでなく、もっているエネルギも重要

X線とγ線はエネルギが低い時は、光電効果によるエネルギ損失が発生しやすく、ある程度大きいとコンプトン散乱が発生する。エネルギーがさらに大きい時は、原子核の近くを通る際、原子核の電界の中で陰陽一対の電子を作り、自身は消滅する、電子対生成がおこる。さらにエネルギーが大きい場合は、光核反応がおき、原子核との衝突の際に中性子が発生する。

放射線影響の観点からみれば、吸収したエネルギーが同じであれば、コンプトン散乱でも光電効果でも同じ。しかし、医療でのX線診断と放射線治療では、これが影響する。X線診断では光電効果のエネルギー領域を用いて、骨や筋肉の光電効果の吸収線量の違いを利用してコントラストのある画像を生成する。一方放射線治療では、コンプトン散乱が多く起きるエネルギー領域を用いる。コンプトン散乱による吸収線量は、電子密度に由来するので、組織により大きな変化はない。

確率的影響と確定的影響

著者は、放射線の議論を一般の人にわからなくしているのは、この確率的影響と確定的影響があるからだという。実際、僕もそう思う。特に、この確率的影響と確定的影響を議論する際に、使うべき単位も変わってくるので、理解に難儀する。前者は実効線量(シーベルト、レム)で議論し、後者は吸収線量(グレイ、ラド)をもとに議論をするのが一般的らしい。そして、更に実効線量は、中性子線の場合は、がんの発生を指標とした場合と、骨髄障害や、がんの治療を目的とした場合など、目的の指標で、また異なる。その場合は単位もシーベルトとの混乱を避け、グレイ当量などと呼ばれる。

更に確定的影響は、閾値で議論されるので、比較的分かりやすいが、確率的影響は専門家でも考え方が別れる上、歴史的にICRPも紆余曲折してきたせいで、より理解に難儀する。(とはいえ、あまり解明されていない内部被曝に対する心配が少し残る気がするが。)

放射線業務にあたる人の安全は多くの過去の失敗から築かれた

放射線が発見されて間もない頃には、多くの事故が発生した。例えば、イギリスの研究では、1920年まで、放射線業務をしていた人たちは皮膚がん、膵臓がん、白血病による死者が有意に多かったが、1921年以降に放射線業務の道に入った人では、がん、白血病の発生率は普通の人と有意の差はない。これは、多くの地道な安全対策が生んだ結果である。

確率的影響の歴史的な紆余曲折

ショウジョウバエの実験結果から、直線しきい値なし仮説は遺伝的影響に対して、最初は主に議論されていた。しかし、マウスの実験では、いくつかショウジョウバエで得た仮説と矛盾する部分が発生した。また被曝した人の遺伝調査からも、被曝二世に遺伝的影響が認められなかった。動物では確認できても、人には確認できない遺伝的影響。残念ながら人では統計的誤差以上の結果を得ることができない。(この本では、その遺伝的影響を科学的に探るために、ヒトゲノム計画の出発点が生まれたと述べられている。)そして、被曝者のデータから重要だったのは、遺伝よりもがんの問題だった。そこで、「遺伝よりもがん」の時代へと変わる。そして、ここでも遺伝子が関連するので、直線しきい値なし仮説が適応されようとする。(しかし、多くの現場従事者はがんにも閾値があると考えていたようだ。)これは、より防護の観点から安全側にICRPが身を置く必要があるからである。この「遺伝からがん」の変換により、主に対象とするリスクの矛先が社会全体のリスクから被曝者へのリスクへと変わることになる。そこで、どうリスクを評価すべきかというのが現代の論争である。

また、実際の所の低放射線の人体への影響はよくわかってない。今までも、このブログでは、放射線に関する題材で触れてきたが、ホルミシス効果や、ペトカワ理論、人間の細胞の修復機能など、様々な議論がなされている。(内部被曝の脅威人は放射線になぜ弱いか)更に、被爆(広島や長崎)した人をもとに低線量のモデルを作成するので、スケールが全く違う中で、影響を想定することに対する難しさ、また一度に被曝した場合と、徐々に被曝するなどの違いによる影響の差などが考慮されていない、という指摘もあるようだ。

最後に著者は、この「遺伝的影響からがん」のリスクへの変換を、非常に重くみており、まだより検討すべきではないかと婉曲に主張している。

医療におけるリスクへの取り組み

著者は、医療診断のベネフィットと患者の被曝に対するリスクを長年評価してきたようである。ICRPの直線しきい値なしモデルを用いて、様々な検診が何歳以上からメリットの方が上回るかなどという研究を行っており、それ自体はおもしろい試みで、それにより、医療機器メーカーは劇的な低線量化の成功の動機にもなったようである。更に、著者自体は、ICRPの控えめなモデルを無くして考えれば、最近の疫学調査や一人の患者発見のベネフィットの大きさを述べ、X線検査程度の被爆量では、ベネフィットのが大きく上回ると主張している。


個人的には、医療からみた被曝の議論、確率的影響の歴史的経緯や、様々な放射線事故の事例を歴史を振り返るように知ることができたのでおもしろい一冊でした。


参考

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